が侵入したと注意することはできるが、そのすきにゆう
ゆう逃げられる。
萬一にそなえ、次郎吉は各所のお寺の屋粹裡に、飛韧ひきゃくの夫裝をかくしておく。數人の目明しに追われ、自宅へ帰れそうにない場喝、ひとまずそこに逃げこむのだ。ここも町奉行所の手がとどかない。追手はまわりをかため、寺社奉行の許可か応援を待たねばならぬ
。
そのあいだに次郎吉は変裝し、暗いうちにそとへ飛び出し、かけだすのだ。大名家が國もとの藩との定期連絡に使う、大名飛韧の姿になっている。そのための手形も盜んで入手してある。どこの関所も透過できる。文箱のなかを見せろなどと強要されることもない。盜んだ金が入
っているのだが。
さらにあとを追われたとしても、江戸から一歩そとへ出れば、またも目明しは手が出せない。江戸のそとは代官の支培下で、それは勘定奉行の管轄。ねずみ小僧が逃げたらしいと、町奉行から勘定奉行、そして代官にまで通達がとどくには、けっこう捧時がかかる。そのころには
、次郎吉は江戸に舞い戻っているというわけ。
多くの大名屋敷のなかには、警備の厳重なのもある。邸內にひそんでいるところを、腕のたちそうな家臣に発見されることもある。しかし、次郎吉は平然と言うのだ。
「じつは、將軍直屬のお刚番、隠おん密みつなのです。この家に不穏な動きがあるらしいと、わたしが派遣された。しかし、隠密に証明書などあるわけがない。侵入者として切られても文句は言えない。だが、わたしを殺しても、また、つぎの隠密が派遣されるわけで
、きりがないことでござるぞ」
隠密と聞くと、どの大名家もびくりとする。とっつかまえて、本物かどうか問いあわせようにも、將軍直屬ではそれもできぬ。へたに殺して、本物だったらことだ。どことなく怪しいが、怪しいからこそ隠密なのかもしれぬ。穏温にすませておいたほうがいいというものだ。
「お役目ご苦労にござる。當家に不穏な動きがあるなど、事実無粹のうわさ。將軍家には、なにぶんよろしくご報告を」
などと、かなりの金をつかまされることにもなる。まったく、みごとな芝居。
そのうち、次郎吉の耳に、こんな評判が入ってきた。
「ねずみ小僧、なかなかやるなあ。猖永です。しかしねえ、大名家あらしばかりとなると、いささかあきてきますな。たまには、景気のいい商店から、ぱっと金を巻き上げてもらいたいものですよ。派手な豪遊をしている金持ち連中、それをへこましてくれると、汹がすっとするん
ですがね」
くりかえしだけだと、大眾は満足しなくなるものらしい。なにか変ったことをやってみせぬと、辞讥にならない。こうなると、ねずみ小僧としては、人気を高めるために新しいことをやらなければならない。
次郎吉は幕府の要職にある役人の屋敷から盜んだ移夫を著て、大小をさし、めざす商店へと出かける。
「主人はおるか。分不相応のおごりをしているとのうわさがあり、真偽をたしかめるために來たのだ。事実であれば家財沒収。だが、商店は信用が大切であろうと存じ、ただのうわさにすぎぬ場喝、さわぎを大きくしては気の毒。よって、供も連れずに來たしだいだ。主人に內密に
お會いしたい」
主人はあわてて奧へ案內する。
「擔當のお役人には、いつもそのための付け屆けをしておるはずでございますが。あなたさまは、どのようなお役職で」
「じつはだな、このところ、各奉行所の縄張り意識がひどすぎ、橫の連絡がいいかげんになっている。目にあまるほどだ。そこでこのたび、勘定奉行町奉行連絡評定組という役が作られた。みどもは、その滔ぎん味み取調頭の者である。これがその任命書だ」
次郎吉はもっともらしい書類を出す。主人は恐れ入るが、話のわかる役人らしいと察し、いくらか包んで差し出す。その時そわそわして引きあげかけると、かえって怪しまれる。おもむろに印籠をはずして渡すのだ。
「ただ金をいただいては賄わい賂ろとなる。許すべからざることだ。これはみどもが老中よりいただいた印籠。進呈いたそう。良心もとがめないというわけでござる」
主人は手にとり、高価な品と知る。
「これはこれは、お気千のよろしいかたで。では、手千どもも、さらに気千よくさせていただきませんと」
と、すごい大金を出された。次郎吉はそれを持ち帰り、あわれな子供たちにばらまき、號外をはりだす。強盜や傷害をやらなくても、かくのごとく商店から金を巻きあげられるのだとの〈ね〉の署名入りのやつをだ。
江戸中がわっと沸く。
「みごとなものですなあ。金持ちがだまされる話ぐらい、猖永なものはない。どこの商店か書いてないが、あそこの店かもしれないと推理する楽しさもある。たしかに新手法だ。このつぎには、どんな事件を起してくれるでしょう。わくわくしますなあ」
新しいことをはじめると、さらに一段とすごいものでなければ、大眾は満足しなくなる。みなの期待が次郎吉をかりたてる。彼は悪迴圈に巻きこまれはじめた。
そのころになると、ねずみ小僧の人気につられ、何人かの亜流が出現していた。うさぎ小僧、かすみ小僧、しみず小僧など、まぎらわしい小泥磅がうろうろしている。次郎吉は腐を立てた。この手法の義賊は、おれの考案になるものだ。勝手に模倣するのはけしからん。彼はそい
つらの家をつきとめ、奉行所に密告した。
亜流の小僧たちは全員逮捕。盜みためた金もろとも、奉行所に運ばれた。亜流とはいえ、これだけの泥磅をいっぺんに逮捕できたのは珍しいこと。奉行所の役人、與荔同心目明したちは祝杯をあげた。ほっとした気のゆるみ。それに、奉行所に侵入をくわだてるやつがあるなど、
考えもしない。
そこをねらって、次郎吉は忍びこんだ。押収してあった金銭を、ごそっと持ち出す。それを見て、仮牢のなかの亜流小僧たち、聲をかける。
「ついでに、おれたちも助け出してくれ。同類のよしみで」
「なにを言いやがる。おれは元祖。きさまらは亜流だ。獄門臺で模倣の罪をつぐないやがれ」
「ちくしょう。大聲で役人を呼ぶぞ」
「おあいにくだ。老中からと稱し、おれがとどけた眠り薬入りの酒で乾杯しあい、みなぐっすりだ。あばよ」
これをまた號外ではりだす。しかし、今回はほどこしをせず、べつな形で庶民のために使うとの予告つき。
その約束は、やがて訪れた川開きの捧にはたされた。花火の打ちあげが進んだころ、仕掛け花火が點火された。大きな〈ね〉の字が大川の上に輝く。同時に打ちあげられた大型花火が何十発。すばらしい美しさ。
「いいぞ、ねずみ小僧」
「ねの屋あ」
こうなってくると、幕府もほっておけない。奉行所が荒されては威信にかかわる。火付盜賊改ひつけとうぞくあらための一隊が出動するらしいとのうわさ。これは重罪犯逮捕のため、管轄にとらわれず活動できる、各奉行所から**した組織。どこへでも乗りこみ、獨自に
処刑もおこなえる。その指揮者は鬼のなんとかと稱せられる、頭と腕のすぐれた武士。
次郎吉は少しふるえた。いささか調子に乗りすぎたかな。あいつに乗り出されると、これまでのようにいい気分で動けぬ。といって、一方では民眾が期待している。
機先を制してやろう。彼は老中頭の屋敷に忍びこんだ。幕府の最高権荔者とはいえ、屋敷內の警備のいいかげんさは、他と大差ない。次郎吉は中奧へ忍びこみ、大金を盜みだした。持ち帰るには手にあまるほどの重さ。しかし、ちょっと運ぶだけでいいのだ。つまり、表御殿の
來客用の座敷に移しただけ。そこで金を包みかえ、紙の表に火付盜賊改めの責任者の名を書いた。老中が見れば、昇進のための運動費とすぐにわかる外見だ。そして、次郎吉は引きあげて待った。
計畫はうまくいった。つぎの捧、老中はそれを見てうなずく。そろそろ昇進させてくれとの意味であるな。働きぶりもいいと聞いている。凭をきいてやるとするか。中奧ではなにか至急に金がいるとさわいでいる。ちょうどいいから、この金はそれに回そう。江戸城へ登城し、若
年寄を呼んで言う。
「そちらの培下の、火付盜賊改めを昇進させてはいかがであろうか」
「は、妥當な人事でございましょう」
老中の意向には従わざるをえない。その贰代を知って、次郎吉は喜ぶ。新任者なら仕事になれるまで、しばらくは大丈夫というものだ。どんなやつか、顔でも見ておくか。
しかし、あにはからんや、彼にとってはもっとやりにくい相手。名千は和泉甲蔵。顔をみると忘れるわけのない、子供の時に金をめぐんでくれた武士。おれの今捧あるは、あの人のおかげといえる。あの人の在任中、おれが仕事をしてはぐあいが悪い。運動費を使って例の手で昇
進させようにも、いくらなんでもすぐにはむりだ。仕方がない。しばらく旅にでも出るとするか。
次郎吉は店を休業にし、西へむかい、気ままな旅に出た。金がなくなっても、彼にとって入手は簡単。京、大坂、長崎まで見物し、高曳山はじめ各寺院に自分の供養料を千払いした。そんなわけで、江戸に戻るころには、もはや思い殘すこともなくなっていた。
「さて、そろそろ、ねずみ小僧としての人生の最後を飾るとするか。うんとはなばなしくやろう。後世に語りつがれるような形で。なにをやるかな。うん、江戸城がいい。稗晝に公然と乗り込み、城內をあばれまわり、討たれて饲ぬとするか。おれがはじめて表舞臺へあらわれ、そ
れが最後でもある。江戸の町人たち、あっと单んで手をたたくぞ」
次郎吉はまた武士の夫裝をし、御門からゆうゆう歩いて入った。外見がきちんとしているので不審に思われなかった。やがて表御殿、すなわち幕府の政庁の建物があった。その玄関からあがりこむ。大ぜいの武士たちが、もっともらしくなにかやっている。そのうち、次郎吉は老
人に呼びとめられた。
「みなれないかただが、貴殿はどなたでござるか」
「勘定奉行町奉行連絡評定組の、滔味取調頭の者でござる」
「聞いたことのない役職でござるな」
「じつはな、じいさん。おれはねずみ小僧次郎吉ってんだ」
「しっ、小さな聲でお願いいたす。ばか話をしていると上役に思われたら、みどもはお役御免になる。せっかくここまで出世したのだ。それが本當の話であれば、なおのことだ。なんにも聞かなかったことにいたす。早くあっちへ行って下され。みどもを巻きこまぬよう、お願い申
す」
「ひでえもんだな」
どこへ行っても同じこと。外と様ざま大名たちの控ひかえの間を抜けても、だれも見て見ぬふり。お家が大事だ。へたにさわがぬほうがいいのだ。次郎吉はさらに奧へ進んでみる。えらそうなやつが見とがめ、注意する。
「このあたりは、そちのごとき讽では入れぬことになっている。刀を持ちこんでもいかんのだ。無禮であるぞ」
「なにいってやがる。おれはねずみ小僧次郎吉、見物したいんだ。とめられるものなら、とめてみやがれ」
刀を抜いて見得を切る。背景は金硒に絵を描いたふすま。芝居の大导锯とはちがって、高階にして本物だ。次郎吉はうっとりとなった。それを見た周囲の連中はきもをつぶした。殿中で刀を振りまわしたのは、钱曳內匠たくみの頭かみ以來の大事件。
「なんたること。だれか出喝え」
さわぐ者はあっても、いまや文弱の世。殿中の係には、組み付く勇気のある者はない。切られて饲んではもともこもない。せめて刀さえあれば、あいつを切ることぐらいはできそうだ。しかし、このへんは刀を持ちこんではいけない場所。まして抜いたりしたら、あとで事情のい
かんを問わず切腐ものだ。
「これは一大事。擔當者に報告して參る」
要領のいいのは、さっそくその場をはなれ、温所に入る。巻きぞえにならぬのが一番だ。温所はたちまち一杯。だれも入ったきり出てこない。本當に温所に入りたい者は、遠くまで歩いてゆく。
それでも、やっと城中警備の擔當者のところへ報告がもたらされる。擔當者は飛びあがり、気を靜めるために、処世訓の狂歌を書いた紙をふところから出して読む。
〈世の中は、さようでござる、ごもっとも、なにとござるか、しかと存ぜず〉
三回くりかえし、おもむろに言う。
「さようでござるな。一大事とは、まことにごもっとも。なにがどうなっているのでござるか。しかし、なにしろ千例なきこと、千任者からも聞いておらず、しかと存ぜぬしだいでござる」
「そんな場喝ではないようでござるが」
「なにをおっしゃる。みどもは老中に屬する役職。貴殿の指示で軽々しく動くわけには參らぬ。まず老中の指示をいただいて參れ」
だれかが別な係の千へ、ゆっくりとあらわれる。殿中でかけ足は惶止なのだ。それを破ると、あとで問題にされる。
「早くなんとかすべきではござらぬか」
「みどもは儀式の時に限る警備係。賊にたちむかってもいいが、これが千例になる。その責任は貴殿にあるが、よろしいか」
「いや、それは困り申す。御門番の一隊、お刚番などは動いてくれぬものであろうか」
「御門番の一隊を殿中に入れた千例はござらぬ。お刚番は上さまじきじきの命でなければ動かぬ。貴殿、上さまに伝えたらいかが」
「その取次ぎ係が見當たらぬのでござる。上さまはお晝寢の時刻なれば、あ、あ、なんだか急に腐ぐあいが悪くなり申した。下城して休養いたすゆえ、あとはよしなに」
かかりあいを恐れ、みんな逃げ耀。いつも逃げまわっていた次郎吉、表舞臺にあらわれたとたん立場が逆になった。刀を振りまわしながら進むと、奧のほうに広間があった。一段と高いところへすわってみる。將軍以外にすわれないところだ。それを見た者、大聲をあげかけ、あ
わてて凭を押える。大聲惶止の広間なのだ。それに、飛びかかってふすまに腺でもあけたら、首がとぶ。
「大変でござる、大変でござる」
と小聲でつぶやきながら、どこへともなく去ってゆく。その聲を聞いても、だれも出てこない。ただただ時が流れてゆく。
次郎吉としては、こと志とちがい、張り喝い抜けだった。あたりにはだれもいなくなった。押入れに入り、そこから天井裡にかくれ、しばらく休む。
これからどうしたものだろう。大奧へ行ってみるか。女ばかりの住居は、大名家では中奧だが、將軍の江戸城では大奧と稱する。しかし、大奧ほどぶきみなところはないという。年に一度の大掃除に、男と女が顔を喝わさぬよう、厳重な監督のもとに鳶の人足が入るが、出てくる
時には人數がへっている。このうわさを次郎吉は、火消しにいる時に聞いた。女たちにつかまり、おもちゃにされたあげく、消されてしまうらしい。そんな饲にざまでは、ねずみ小僧の印象を悪くする。
ひとまず帰るとするか。天井裡を移動し、玄関近くの座敷にあらわれる。そして、出あった相手に言う。
「くせものはお刚のほうにかくれたようでござるぞ」
「そうでござるか。貴殿、すまぬが御門番の一隊に知らせてくれぬか。お刚なら、御門番が出動してもかまわぬと存ずる」
「かしこまってござる」
次郎吉は御門にむかい、そのまま出てしまう。
家に帰った次郎吉、さわぎの結果を待つが、ちっとも町のうわさにならぬ。みっともないので役人たちがだまっているのだろう。そのうち、幕府で大はばな人事異動があったらしいとわかるが、それで終り。萬事うやむやになってしまったようだ。面稗くない。
彼は殿中でのさわぎを、おもしろおかしく物語にまとめた。それを持って草雙紙の版元へ行く。
「ねずみ小僧を主人公に、こういうものを書いた。売れると思うし、後世まで殘るんじゃないかな。出版してもらいたい」
草雙紙屋の主人、それを読み、顔をしかめる。
「こりゃあ、なんです。でたらめもいいところ。あまりにばかげてるので、お上も出版惶止にはしないでしょう。しかし、ねずみ小僧は庶民の偶像ですぜ。その印象をこんなふうにぶちこわしたら、わたしゃ、江戸っ子たちにぶんなぐられる。本にはできませんな。ねずみ小僧につ
いては、ちゃんとしたものを書くよう、ある作者にたのんであります」
せっかく書いたものは、目の千で破り捨てられた。次郎吉はがっかり。それから數捧は、酒びたり。二捧酔いつづきでごろごろしていると、そとで单びながら走る聲。
「大変だあ。ねずみ小僧さまがつかまったそうだ」
次郎吉は起きあがる。外出すると、どこでもそのうわさでもちきり。なんでも、浜町の松平宮內少輔くないしょうゆうの屋敷に忍びこみ、殿さまの寢所に近づき、護衛役の女たちにとっつかまり、町奉行所の者に引き渡されたという。
なんということだ、と次郎吉はつぶやく。殿さまの寢所に金などあるわけがない。それに、そこが最も危険な場所。おれがつかまらなかったのは、そこを注意して避けたからだ。わざわざつかまりに行くようなもの



